ブログ小説「チカの地下冒険とダイヤモンド王国のひみつ」2話
芹澤です。ブログ小説、2話をお届けします。
(同じ作品をカクヨムにも掲載しています)
【あらすじ】
「おかあさんなんか、だいっきらい!」
中学一年の藤村チカは数学のテストで赤点をとってしまい、おかあさんとケンカして家出した。
所持品はメモ帳、鉛筆、ハンカチ、そして入学祝いにもらったダイヤモンド(レプリカ)のネックレス。
ひとりで生きていこうと決めたチカだったが、誤って、工事中の穴に落ちてしまう。――ころころころころ。
転がり落ちた先はまっくらな地下世界の坑道。
そこで出会ったのは尻尾のある少年・コード8032と口やかましい微光虫・ラックだった。ふたりと一匹による大騒ぎの冒険がはじまる。
チカの地下冒険とダイヤモンド王国のひみつ 2話
『準備はいいか? コード8032――いや、ハチミツ』
自分の手のひらすら見えない暗闇の中で、ざらついた声の相棒がささやく。
「いつでもいいさ、ラック」
フード付きの黒い上下に身を包んでいる少年・ハチミツはあごが外れそうなくらい何度もうなずいた。
(とは言ったけど)
魔法鉱石《ルトラ》を採りつくして棄てられた廃坑道は一面の闇に包まれている。じっとりと汗をかくような生ぬるい空気がハチミツの不安を煽り立てる。
『おやおやどうしたのかなー? 指先がぷるぷる震えてるぜ』
人生の半分を一緒に過ごしているラックは、ハチミツの気持ちを的確に察していた。こんなときくらい気づかないふりをしてくれたっていいのに、だ。
「うるさいな、黙って主人の合図を待っていろよ。微光虫《びこうちゅう》のくせに」
気の利かない相棒の態度につい文句を言ってしまう。
『ンだと! もっぺん言ってみろぃ』
ぱっ、と明るくなった。お尻をぴかぴか光らせた黒い虫が、羽を鳴らしてせわしなく飛び回っているからだ。羽以上にうるさいのはその口である。
『いつ・だれが・オレさまの主人になったって? 目の前のチビ? まさか。つぶれた鼻にひょろひょろの体、顔は丸くて蜜飴かと思っちまったぜ。そのくせ四本しか手足がないんだぞ。みろ、オレさまは二本も多いぞ』
そう言って六本の足を自慢げに広げてみせる。ハチミツはうっとうしそうに顔をしかめ、タイミングを見計らって、バチンと両手で捕まえた。
「ラックなんてちっぽけな虫じゃないか。ぼくの手のひらにも満たないくせに。悔しかったらぼくの拳に勝ってみろ」
『言ったなー』
握りこぶしを作り、六本の手を駆使して、てやてやとパンチしてきた。けれど所詮は虫。痛くもかゆくもない。ハチミツは鼻で笑ってしまった。
「ぜーんぜん痛くない、そんなんじゃ百年経ってもぼくには――」
前のめりになった瞬間、足元で、ヴン、と赤い火花が飛び散る。
「『あ』」
同時に叫んでずさざっと後ずさり。ともに頬に手を当てて青ざめる。
「どうしよう、やっちゃった。起動スイッチ押しちゃったよ、どどどどうしようラック」
導火線に点った火はシュルシュルと音を立てて奥へと走る。その先に仕込んであるのは炎を帯びた火鉱石をつなげたオリジナルの連結鉱石《ダイナマイト》だ。
『ええい、無許可の採掘《ディグ》は重罪だ。こうなったら腹を決めるしかないぜ』
「わ、分かったよぉ」
導火線の火はかけっこをする子どものように素早く走っていく。
こうなったら、と覚悟を決め、自分の心臓の音を頼りにカウントをはじめた。
「五、六、七……」
三十きっかりでダイナマイトが爆発する予定になっていた。
『十一、十二、十三……』
そろそろだ、とフードをかぶって四つん這いになった。爆風で吹っ飛んできた岩に当たったら「いたい」どころの騒ぎじゃない。ひじを使ってすこしでも遠くへと逃げるのだ。
「十七、十八――……(たすけて)……えっ?」
突然、別の声が降ってきた。ここには自分とラックしかいないはずなのに。
どこからだろう、と頭上――えぐられた坑道の天井部分――を見上げて真剣に耳をすます。
聞こえてきたのは、
(だれか、たーすーけーてぇえええ!!)
の絶叫。
「声がする。すぐそこ、人の声だ」
ぐっと上体をそらしても暗くて姿が見えない。立ち上がってジャンプしていると、岩肌に隠れていたはずのラックが鼻先に飛びついてきた。
『二十五、二十六……ってオイ、こら、さっさと伏せろ。粉々になりたいのか。耳栓も忘れるなよ』
「あ、やばぃ」
慌てて耳栓を取り出す。が、焦ったせいで片方を入れ損ねた。
「二十九――だめだ……」
坑道の奥で赤い閃光が広がる。
――――発破。
「いぎっっっ!!!」
見えない空気の塊に吹っ飛ばされる。
数メートル転がった先で地面に爪を立て、ギギギと歯を食いしばって耐えた。
(体中がいたい。息ができない、死にそう……いやだ。そんなの絶対にいやだ。だって、だってぼくは、”そら”を見たいんだから!!)
――――風がやんで、静かになった。
瓦礫の下からのそのそと這い出してきたラックは短い手で背中を二度叩く。ぱっと灯ったオレンジの光を頼りに羽を広げて宙に飛び上がった。
『――……おぉい、生きてるかハチミツ、返事しろよ、おーい』
見下ろした景色は一変している。ハチミツの体の何倍もある岩石がごろごろ。もし下敷きになったらぺしゃんこ、お皿みたいに平たくなっているだろう。
『うう、皿になっていたら空気入れて戻してやるからな……なんて言ってる場合じゃねぇ! ぜってぇ見つけてやるからな。オレさまのうざい話を聞いてくれるのはおまえだけなんだぞ、相棒!』
諦めずにふわふわ飛び回っていると、きらり、と光るものが見えた。
『ハチミツ!?』
あわてて降り立ち、手近な小石を押しのける。指が見えた。
「……うぅ」
『しっかりしろハチミツ。オレの声が聞こえるか、聞こえたら右手をピシっとあげろ』
「おぉいここだよラック」
弱々しく手が挙がったのはなんと真後ろ。瓦礫の隙間から這い出してきたハチミツを見たラックはおや、と首をかしげてハチミツの肩に飛び乗る。
『ハチミツがいる。皿じゃねぇ。でもちょっと縮んだか?』
「失礼だな、元々この大きさだよ。ラックこそ触覚縮んだんじゃないか?」
『ふむふむ、口の悪さは紛れもなくハチミツだな。無事、と。――じゃあこいつはどいつ?』
ラックの光に照らし出されて倒れているのは三つ編みの少女――チカだった。