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ブログ小説「チカの地下冒険とダイヤモンド王国のひみつ」3話

芹澤です。ブログ小説、3話をお届けします。(前話との分割です)

(同じ作品をカクヨムにも掲載しています)

※1話はこちらから

 

【あらすじ】

 「おかあさんなんか、だいっきらい!」

中学一年の藤村チカは数学のテストで赤点をとってしまい、おかあさんとケンカして家出した。
所持品はメモ帳、鉛筆、ハンカチ、そして入学祝いにもらったダイヤモンド(レプリカ)のネックレス。
ひとりで生きていこうと決めたチカだったが、誤って、工事中の穴に落ちてしまう。

――ころころころころ。
転がり落ちた先はまっくらな地下世界の坑道。
そこで出会ったのは尻尾のある少年・コード8032と口やかましい微光虫・ラックだった。

ふたりと一匹による大騒ぎの冒険がはじまる。

 

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チカの地下冒険とダイヤモンド王国のひみつ 3話

 

(おかあ……さん)


 うっすらと目を開けると暗かった。夜よりもっと、暗い。
(なにこれ、わたし、公園のトンネルの中で眠っちゃったんだっけ?)
 ぼんやり瞬きしていると人の話し声がした。
「――ラック、見てよ。この子おかしな衣《ロール》を着ているね。ピラピラしているけど素材は良さそうだ。こんなに肌を露出させて寒くないのかな」
『眠っている相手にぺたぺた触んなよ。怒られるぞ。――聞いてんのか?』
「薄いけど柔軟性があるね。ヒダの下はどうなっているんだろう?」
 そこでチカはパッと目が覚めて飛び起きた。
「きゃあ! なにスカートめくろうとしてるの! 最低っ!!」
「うわぁ!」
 両手で思いっきり突き飛ばすと後ろに一回転して壁に当たった。ざぁっと土煙が落ちてきて少年を覆う。
 一拍おいて「わっ」と立ち上がった少年は砂だらけになっていた。
「ぺっ、ぺっ、まずい鼻にも入った……は、はっくしょん」
『きたねーなぁオイ』
 背中にオレンジの光を灯した虫が“しゃべりながら”少年のもとに飛んでいく。チカは目を白黒させた。


「虫が――、でっかい虫が、しゃべった」
『だれが”虫”だ! オレさまは微光虫のラックさまだぞ!』
 Uターンしてきたので慌てて手で払いのけた。
「きゃー来ないでっ、でっかい虫苦手なの」
 チカの知っている虫はミンミンとかリーリーとか鳴くばかりで言葉を話したりはしない。それにラックと名乗った虫は蛍に似ているがかなり大きい。なんたって手のひらくらいあるのだから。
『ハチミツー、オレこいつきらいー』
 すっかりふて腐れたらしく、虫は少年のフードの後ろにごそごそと隠れてしまう。
「人相が悪いんじゃないか。――はじめまして、ぼくは8032、ハチミツって呼ばれてる。こいつは相棒のラックだよ。きみのコードは? どこのコロニーから来たの?」
 少年、ハチミツが近づいてきて腰を下ろした。こちらは人間だ。チカよりすこし幼い、小学生高学年くらいだろうか。両耳に大きなピアスをしてオシャレしている。
「コード? わたしはチカよ、藤村 知花。コロニーってなんのこと?」
「きみに割り振られた居住地域だよ。ぼくはN―13アルビレオ所属。ダイヤモンドの巨大採掘場なんだ」
「アルビレオ? 採掘場? なにを言っているのか全然分からない。わたしが住んでいる空ヶ丘《そらがおか》には銀山があるけど廃鉱になっているもの。……こまったなぁ」
 一体どうやったら公園に戻れるのだろう。うーんと悩んでいるとハチミツがぎゅっと手を握ってきた。突然のことにびっくりして三歩後ずさる。しかしハチミツは追いかけてきて鼻先に迫る。なんて大きい目だろう。
「いま”そら”って言った? きみ、”そら”に会ったことがあるの?」
 ”そらに会う”なんて変な言い方をするものだ。チカはちょっと体をそらしながらうなずく。
「空は会うんじゃなくて”見る”ものでしょう。いくらでも見られるじゃない、ちょっと顎を上げれば……あら」
 頭上はまっくら。夜のカーテンでも敷いたようになにも見えない。だれもいない暗い室内で蛍光灯につながる紐を見つけるのが日課のチカは左右に腕を動かしたがクモの巣すら引っかからない。どこまでも深くて広い、闇がある。
 カチ、と音がしてハチミツの手元が明るく照らし出された。蝋燭の火でもつけたのかと思いきや、彼が持っているのは水晶玉くらいの石だ。中心に炎がある。
「どうぞ」
「え、熱くない?」
「へいき」
 言われたまま持ってみるとずしりと重い。でも熱は感じなかった。どういう原理なのだろう。
「チカ、ここはね、おおきな洞窟なんだよ。数えきれないほどの土と、無数の鉱石が眠っている地下世界なんだ。いま渡したルトラと呼ばれる燃える石もそのひとつだよ」
 ふと、小学校の授業で見学にいった銀山跡地を思い出した。岩肌にぽっかり空いた出入口からは冷たい空気が吐き出され、鉄や銅を運ぶためのレールが暗闇の中に続いているのを見てゾッとしたものだ。そういえば急に寒くなってきた。
「じゃあ待って、わたしは銀山の穴に落ちちゃったってこと? でも、もう誰もいないって先生は言っていたし、それに、喋る虫が住んでいるなんて」
『だれが喋る虫だ! 微光虫のラックだっつってんだろ!』
 フードから飛び出してハエみたいにぶんぶんと飛び回るラック。オレンジの光が驚くものを映し出した。ハチミツのお尻あたりから伸びている細いロープだ。
「なにそれ」
 気になって引っ張ってみると「いたい!」とハチミツが飛び上がった。
「ぼくの大事なしっぽになにすんだよ!」
「……しっぽ?」
「そうさ、ぼくら”モグリ人《びと》”にとってしっぽは落石やヤツの気配を教えてくれる大事なものだ。なくなったら困るんだぞ」
 喋る虫。しっぽのある男の子。しらない洞窟の中。
 頭が痛くなってくる。
「ちょ……ちょっと待って。ここはどこ!? 日本の、空ヶ丘じゃないの?」
『ニホン? そんなコロニー聞いたことねぇな』
「残念だけどここはチカが住んでいたところとは違うと思う。N―13はダイヤモンド王国の領地、地下327階に位置するんだ。空ヶ丘も、”そら”も、見たことがない」
「そんな……」
 以前に本で読んだことがある。自分が住んでいた地域とはなにもかもが違う場所。

 

 異世界。
 チカはいつのまにか異世界にやってきてしまった……らしい。

 

 ※1話はこちらから