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ブログ小説「チカの地下冒険とダイヤモンド王国のひみつ」4話

芹澤です。ブログ小説、4話をお届けします。

(同じ作品をカクヨムにも掲載しています)

※1話はこちらから

 

【あらすじ】

 「おかあさんなんか、だいっきらい!」

中学一年の藤村チカは数学のテストで赤点をとってしまい、おかあさんとケンカして家出した。
所持品はメモ帳、鉛筆、ハンカチ、そして入学祝いにもらったダイヤモンド(レプリカ)のネックレス。
ひとりで生きていこうと決めたチカだったが、誤って、工事中の穴に落ちてしまう。

――ころころころころ。
転がり落ちた先はまっくらな地下世界の坑道。
そこで出会ったのは尻尾のある少年・コード8032と口やかましい微光虫・ラックだった。

ふたりと一匹による大騒ぎの冒険がはじまる。

 

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チカの地下冒険とダイヤモンド王国のひみつ 4話

 

「うそ、うそよ、そんなことありえない。これは夢よ。ほっぺをつねれば目が覚めるはずよ、よし――いったぁい!」


 手加減なしに頬をつねったらものすごく痛かった。ハチミツとラックが不思議そうに顔を見合わせている。
「ねぇラック、なんだかチカがいるとにぎやかで楽しいね」
『そうかぁ? だいぶ嫌がっているみたいだけど』
「いたぁい! どうして? どうして目覚めないの?……おかあさん……」
 じわっと目が熱くなってぽろぽろと涙があふれた。
 どういうワケか異世界に来てしまった。このまま帰れなかったらどうしよう。おかあさんに「ごめんね」も言わずにこっちで死んでしまったら。考えるだけで悲しくなる。
「チカ、なかないで」
 ハチミツがやさしく手首を掴んだ。
「きみが帰れるようにぼくも協力するから、元気だして」
 やさしいぬくもりが伝わってくる。そうだ、泣いても仕方ない。戻る方法を見つけないと。
「わかった、ありがとう。もう泣かない」
「うん、チカは笑顔の方が似合うよ」
 ハチミツがにっこりするとチカまで笑顔になれた。
『そうさ、仲良くしようぜ』
 左右に結んだ髪をラックがよじのぼってくる。
(ひぃい! でっかいぃ)
 思わず悲鳴を上げそうになった。けど、チカは助けてもらう立場だ。文句を言って放り出されたら困るので、涙目になりながら我慢する。
 これからしばらくは彼らに頼らなくてはいけない。ハチミツと、この、でっかい虫に。
 でも眠っていて目を覚ましたとき鼻先にこんな虫がいたら……。
「やっぱりむりぃいい!!」
 首をぶんぶん振って払い落とすとラックがすかさず抗議の羽音を響かせた。
『あっ、こんにゃろー!』

 

「しっ! しずかに!」

 口に手を当てたハチミツが鋭く目を光らせた。チカとラックはびっくりして硬直する。
「動かないで。聞こえたんだ、ヤツの足音が」
 ゆっくりと立ち上がったハチミツはスローモーションみたいに見まわすと、四つん這いになって壁伝いにすこし進み、その先にあった顔くらいの穴を下から覗き込んだ。しっぽがピンと立っている。
(さっきから言ってる《《ヤツ》》って、一体なんなの)
 不安になったチカも膝で這って近づき、ハチミツの頭の後ろから穴の中を覗き込んだ。ヒョオオ、と風が抜けてくるのでどこかの空洞につながっているようだが、まっくらでなにも見えない。
 けれどハチミツの目は真剣そのもの。チカには「黒」にしか見えない穴の向こうに別の色や物が見えているみたいだ。
『どうよ、なんか聞こえるか』
 ラックがハチミツの頭に飛び移る。無言だったハチミツはしばらくすると全身の力を抜くようにふーと大きな息を吐き出した。
「――ううん、しずかになった。別のところへ行ったみたいだ。でも早めに離れた方がいいかも」
『なら撤収しようぜ。いま爆破した岩盤の確認はまた今度だ』
「うん、そろそろ点呼の時間だ。道中がふさがっていないことを祈って明日また来よう。行こう、チカ」
 元気よく立ち上がったハチミツとは対照的に、チカは足に力が入らなかった。
(異世界だなんて)
 これからどうすればいいのか、このままハチミツについていっていいのか迷っていた。
「どうしたの? お腹痛い?」
 座りこんだままのチカに気づいてハチミツがしゃがみ込む。
 改めて、顔を見た。
 ラックの光に照らされた目は透き通っていてきれいだ。男の子とこんなに近くで顔を合わせたことがないチカは恥ずかしくなって下を向く。
「わたし、部外者だけど、ついていっていいのかな。迷惑にならない?」
「心配いらないよ。ぼくがちゃんと説得する。コロニーにおいでよ、おいしい食べ物や温かい寝床がある。それにナナフシなら戻る方法を知っているかもしれない」
 ナナフシ、と言われてチカの頭には以前図書室で見た昆虫図鑑が浮かんだ。
「たしかナナフシって木の枝みたいな虫のことよね?」
「虫? ううん、コード7724はぼくの兄みたいなものさ。頭はいいけど怒るとすっごく怖いんだよ」


「――へぇ、誰がだ?」
 別の声がし、チカはどきっとして顔を上げた。ハチミツの後ろで腕を組んでいる人物がいる。ぞっとするような冷たい目だ。
「は、ハチミツ君、後ろ……」
 必死に後ろを指さすがハチミツはまったく気づかない。
「この前だって蜜石をこっそり食べたところを見つかってカンカンに怒ってさ、もうちょっと優しくしてくれてもいいのに、あーしろこーしろってうるさくて」
 後ろの人影が腕を組んだ。
「悪かったな、口うるさくて」
「えっ!?」
 ぐるりと首を巡らせたハチミツは真後ろにいた人影をみとめて「わー!!」と叫び声をあげる。
 逃げようと腰を浮かした瞬間に腕を掴まれ、見事な足払いで地面に倒され、そこに人影がのしかかった。
「もう一回いってみろ、怖い、ん? 優しくない? そりゃあ悪かったな」
「ち、ちちちちがうよ、ナナフシ、聞き間違いだよぉ」
 必死に手をふるハチミツを見てチカはようやく気づいた。
(この人がナナフシさん?……ちょっとかっこいいかも)
 大きな瞳と通った鼻筋はテレビに出てもおかしくないほどの美形だ。チカよりも一つか二つ年上だろう。ハチミツに比べても体つきがしっかりしている。
「点呼の時間だっていうのに姿が見えないから探しに来てみれば、なんだこの散らかりは。最近不審な動きをしていると思ったら、ここでなにをしていた。許可のない採掘はメシ抜きだぞ、分かってるのか」
 ハチミツはこまったように目を泳がせている。
「すみません! わたしが悪いんです!」
 見かねたチカがふたりの間に飛び込んだ。ナナフシという少年はびっくりして後ずさる。野良猫みたいに警戒しているのが分かった。けれど瞳の焦点が合わない。目が悪いのかもしれない。
「――ルナ、600ルクス」
 親指と人差し指でぱちん、と指を鳴らすとナナフシの背中から一匹の虫が飛び出してきて頭上の壁に張りついた。
『はいなっ』
 ラックと同じ微光虫だ。かわいらしい声とともにパッと灯りがつく。それこそ夜中トイレに行きたくなって電気をつけたような眩しさだった。ラックの懐中電灯のような光とは比べ物にならない。
 眩しくて懐かしい光の中でナナフシの青い目と銀色の髪、体をすっぽり覆っているハシバミ色のフードつきダウン、そして同じものを着ているハチミツの金色の髪と暖かな茶色い瞳の色がはっきりと見えた。
「オマエは?」
 先ほどまでとは違う、硬い、他人行儀な声。チカはきりりと胃が痛むのを感じて唾を飲み込んだ。自分が敵ではないことを理解してもらわなくてはいけない。
「チカです。異世界の日本から落ちてきた中学一年で、ハチミツ君に助けてもらったんです」
「いせかい……」
 ナナフシはちらりとハチミツを見た。
「説明しろ。“モグラ”だったら笑えないぞ」

「モグラじゃありません! チカです!」

 反射的に答えたが、ナナフシが呆れたみたいに目を細くした。

 どうやら違ったらしい。モグラ。モグリ人とは違うのだろうか。
「あのねチカ、モグラっていうのは決められたコロニーを勝手に抜け出した人のことだよ。ぼくたちは許可なく持ち場を離れちゃいけないことになっているんだ。入り組んだ坑道で迷子になったが最後、自分の顔を忘れてそのうちに正真正銘のモグラになっちゃうんだってさ」
 チカは図鑑で見たモグラを思い出した。目は小さくて鼻が突き出ている、全身が茶色っぽい毛に覆われていて結構かわいい。でも自分がモグラになるなんて冗談じゃない、と寒気がした。
「長い時間じゃなければ大丈夫だよ。それにラックが灯りをつけてくれる。ねぇナナフシ、チカは困ってるんだ。どうにか助けてあげたい。それに”そら”がある【外の世界】から来たんだって、いろいろお話聞きたいじゃないか」
「……また【外の世界】かよ」
 ほんの一瞬ナナフシが苦しそうな表情を浮かべたのをチカは見逃さなかった。なにか知っているのかもしれない。
「《《色》》は覚えた。ルナ、もういい、戻れ」
『はぁーい』
 ナナフシの合図で灯りが小さくなった。羽を広げて壁からナナフシの肩へと移動してくる。それでもまだお祭り会場にある提灯のように明るい。
「戻るぞハチミツ、仕事だ」
「チカは? チカも連れて行っていいよね?」
 すでに歩き出していたナナフシは追いすがるハチミツではなくチカを振り返った。じっと睨んだかと思うとため息をついて前を向く。
「好きにしろ。もてなしは期待するなよ」
「やった! 良かったねチカ!」
 満面の笑顔でハチミツが飛び跳ねる。「ありがとう」と精いっぱい笑ったチカだったがポップコーンみたいに心臓が鳴っているのが分かった。


(わたし、これからどうなっちゃうんだろう……おかあさん)
 ただでさえ周りが暗いのに、気持ちまで”まっくろ”になってしまいそうだ。

 

 ※1話はこちらから

 

【おしらせ】
これにて一章おわります。
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